4月6日 入遠野川釣行

 心も…折れた…

お昼の弁当
解禁日はのんびりと川に立つのが一番の目的、早起きしてお昼の弁当を作った。クロワッサンの生ハムサンドとタンドリーチキンとトマトのエッグマフィン

月1日、待ちに待った福島県の渓流釣りが解禁になった。 今年の4月1日は何と月曜日、さすがに年度初めの月曜日に休暇を取るだけの勇気は無いので、異様に長い一週間を乗り越えてやっと解禁を迎えたのだった。 毎年の事ながら、解禁の日はお祭りなので釣ってなんぼより川に立ってなんぼ、ちょっとだけ早起きをしてお昼の弁当を作った。 柔らかな春の日差しの中で食べる弁当にコーヒーも大事なイベントの一つなのである(笑)

お昼の弁当
解禁日はのんびりと川に立つのが一番の目的、早起きしてお昼の弁当を作った。クロワッサンの生ハムサンドとタンドリーチキンとトマトのエッグマフィン

春の釣りはお昼頃からが吉、慌てる必要も無いので朝食を済ませてからのんびりと釣り支度を整えた。 もともとガツガツした釣りは苦手だったのだが、もっとゆったりとした釣り旅をしようと思うようになって釣りに弁当を作って持つようになった。 現役をリタイヤしたのを契機に電車通勤に替えてからと言うもの、あれだけ好きだった車の運転が随分と億劫になった、新しいシーズンを迎える度に、こんな釣りがあと何年出来るだろうと時々思うようにもなった。 ロッドにリール、ウェーダーにベストそして弁当にコーヒー豆と水、ウェーダーバッグの中のSimmsのブーツは新しいPatagoniaのウェーダーに替えてからちょっとだけ窮屈だったのでKORKERSと入れ替えた。

備万端整ったので途中給油を済ませて出発したのだが、ガソリンも値上がりしたばかりで何とハイオク1Lが160円である。大飯ぐらいの愛車にもほとほと困ったものだが、なるべく動かさないようにするしかない手は無さそうである。 春の里道を愛車の腹を減らさないようにゆっくりと走って行く、枯草色の山や畑がぼんやりと桃色がかって見える、あと一月もすれば木々の若芽も開きだし陽の光を酸素に替えてくれるだろうが、それまでの間は酸欠のぼんやりとした景色の中での息苦しい釣りになる。 そんな事を考えながら走っていると、どうも向かう川に通じる道とは違っている事に気が付いた。どうやら交差点を一つ間違えてしまったようである。 午前中に小松川を釣って帰りしなに入遠野川を釣る予定だったのだがどうやら神様が逆のルートを指定したらしい、まあ内回りが外回りになった山手線みたいなものだからそれほどの問題では無い。 唯一の誤算は、遊漁券が買えなくなってしまった事で、K川に向かう途中にコンビニで入手する予定だったのだがこちら側だと途中に遊漁券売り場がな事である。 仕方なく釣り場を横目で見ながら通り過ぎ、一山超えて遊漁券を入手してまた一山超えて釣り場に戻る羽目になった。

コーカーズ
ウェーダーバッグにSIMMSのブーツと入れ替えて来たKORKERSはラバーソールが装着されていた。これは滑る絶対に滑る

コーカーズ
ウェーダーバッグにSIMMSのブーツと入れ替えて来たKORKERSはラバーソールが装着されていた。これは滑る絶対に滑る

そんなこんなで、やっと釣り場に到着して釣りの支度を始めた時、一瞬僕の海馬が嘶いた。「まさか…」出かける前にブーツを入れ替えるシーンが脳裏に浮かんだ、玄関にKORKERSのブーツとその隣に替えソールが入った袋が並んでいた。 ブーツにはラーバーソールが付いていたようだ、川に着いたら付け替えようと思った記憶がある。しかし、そのフェルトのソールが入っているであろう袋を車に積んだ記憶だけが無いのだ、恐る恐るウェーダーバッグをひっくり返すと 地面で跳ねたKORKERSのブーツには間違いなくラバーソールが装着されていたし、バッグからそれ以上は何も出てこなかったのである。 これはいかん、このラバーソールじゃあ間違いなく滑る筈だし下手したら転んで骨折なんて言う羽目にもなりかねない、いや、僕の場合決してあり得ない話では無いから尚更怖い。思いっきり心が折れそうになった。 だからと言ってここまで来て帰れるか、しかも遊漁券を買いに1Okm以上も往復したし、自分の悪い心の力は良心のそれよりもはるかに強力で、まあ河原歩けば大丈夫かとか浅いところだけ歩いていけば良いんじゃないかとか都合の良い理屈を並べて問題を解決してしまう。

入遠野川
ルートを取り違えて最後の予定だった入遠野川が最初の川になった。渇水が続き水量が無い

入遠野川
ルートを取り違えて最後の予定だった入遠野川が最初の川になった。渇水が続き水量が無い

むらに着いた踏み後を川に向かうと、眼前に餌釣りのお兄さんの姿が見えた。 そこは僕の一番大好きなポイントで、何なら自分の名前の立て札でも立てて置いても良いくらいの場所なのに何故君はそこに居るのだ。 川への道を間違え、無駄な峠の往復、フェルトソールを忘れ、それだけでも十分折れかかっている心に更にダメージを与えるつもりか、神様は何故このルートを選ばせたのか。 邪魔をせぬように息を止め足音を消し、枯れ葦と同化しながら上流に向かうと、足元に可憐な二輪草を見つけた、目を配ると淡い紫のカタクリの花も咲いている、この川のこの季節の彩だ、白けた初春の渓に小さな花だけが色を持っている、それはまるで白と紫の色を筆先でまばらに置いただけのキャンバスのようである、一日ごとに黄緑や緑や黄色が追加されやがて川の流れにも色が着いていくのだろう、あとほんの数週間で鮮やかな渓の絵が仕上がるのだろう。 僕はこの季節がたまらなく好きなのだ。

恐る恐る川に入った、なるべく滑らないように注意しながら小股で前に進むがどれほど注意したところで滑るものは滑る、2度、3度と天を仰ぎ両手を振り回しやっとの事で対岸に渡る。 6xティペットに#18のコカゲロウパターンを結んだ、このサイズに6xはちょっと太いかもしれないがまあ気にしない気にしない。 福島県解禁1投目、浅い瀬の尻で小さいヤマメがフライを咥えた、今季初の可愛らしいヤマメが陽の光にキラキラと煌めきながら飛沫を上げる、足元まで来たところでフライを吐き出して何処かに消えて行った。 今年もまた、胸の内からしみじみと滲み出すような、とうてい言葉では表せない安堵と幸福感が身体中の筋肉を弛緩させ、血液もその流れる速度を落とた。そして脳は少しの間思考を止めた。

ヤマメ
釣り初めてすぐにヤマメが釣れた、未だ遠慮がちな陽の光にキラキラと輝黄ながら水面を跳ねた

正気に戻って、次の流れにフライを落とそうと前に踏み出した途端に前足と後足が反対の方向に開いた、バランスを取り損ねて大きく尻もちを付き危険を察した右手はいち早くロッドを放り投げた。 渇水も幸いしてシャツの袖がびしょ濡れになっただけで済んだが、本当に想像が現実になりかねないなと思いながらも取りあえず1尾は釣ってその体温を確認しないとならんので釣りを続けた。

次の流れの2投目でフッキングしたヤマメはそこそこ元気よく水面を跳ね回わった、先のヤマメよりは少しばかり大きいかもしれない。水温に限りなく同化したヤマメの体温を手のひらに感じながら静かに流れに戻してやった。 もう1尾を手にしたところで川を出る決心をした。 まだ昼前だし、これ以上命がけの釣りをする必要はあるまい、一度自宅に戻ってフェルトソールに付け替えて別の川に移動することにしよう。

ヤマメ
釣り初めてすぐにヤマメが釣れた、未だ遠慮がちな陽の光にキラキラと輝黄ながら水面を跳ねた

び家を出る頃には時計の針は正午を回っていた、河原でのんびりと取る筈だった昼食のクロワッサンのサンドウィッチにかぶりつきながら本当なら最初に釣る筈だった古殿町を流れる小松川にハンドルを切った。夕方の一時釣りが出来れば良いと気持ちを切り替えていた。小松川は鮫川支流の小渓ながら人気のある釣り場で、僕がいつも駐車するスペースには既に車が停まっていた、まだ時間もあるし少し上流でも見て来よう。 上流の橋の脇に車を停めて、もう一つの弁当のタンドリーチキン入りのエッグマフィンにかぶりつきながら橋の上から川を覗いた。昔からしたら随分と浅い、渇水の影響も有るのだろうが川底に堆積した砂が深場を埋めてしまっている。

小松川に限らず、最近の大雨や洪水は大きく川の様相を変えてしまっている。大石が流され土砂ですっかり深場が埋まってしまった川や土手の土と葦の進出で流れが半分になってしまった川を見るにつけ、渓流釣りが出来なくなる日がそうそう遠い事では無いような気がするのとそこに棲むべき魚たちの将来が心配になったりする。洪水で壊れた河川、特に地域住民に被害を及ぼす恐れのある河川には重機が入り川底を限りなく平らにして両岸は綺麗に護岸される。そして上流にはダムが作られそこに壊れた山が土砂となって降り固まり上流の流れも埋めて行く。流域の人命とその暮らしを守るためには致し方ない事なのだが、そこにも魚たちが棲んでいて夕方には虫たちを追いかける姿があって僕らはイブニングの一時を堪能したものだからひとしお複雑な気持ちになるのである。ほんの一握りの、しかもよそ者の釣り人だけの思いでしか無いが。

カタクリ
足元に小さなカタクリの紫色が鮮やかに映えた、春が来たことを教えてくれる花

を眺めていたら、上流から下って来た軽自動車がいったん通り過ぎたのちバックで戻って来た、直ぐに漁協の監視員だとわかる。 僕は車に戻り遊漁券をぶら下げたフライベストを持って、車から降りて来た監視員さんに見せた、こういうことはサッサとした方がお互い無駄な時間を取る事も無くトラブルを起こすことも無い。 「釣れたかい」と聞かれたので、「今来たばかりだ」と答えると、「皆、全然釣れないって言うんだよなあ、魚は放流してんだけどなあ」と罰の悪そうな顔で呟いた。 午前中は入遠野川に入った話をするとまたしても「釣れたかい」と言う、どうやら監視員の常套句のようである。 「2匹だけね」と言うと「え!それは凄い、釣り巧いんだな」と目を丸くして言うので「いやいやそんな事はないよ」と答えた。実際、僕は決して釣りは上手じゃないし釣れても釣れなくてもそれ程気になる性質でも無いからだ。

カタクリ
足元に小さなカタクリの紫色が鮮やかに映えた、春が来たことを教えてくれる花

二輪草
カタクリと二輪草の白く可憐な花が今年も僕を迎えてくれる、かすかに春の命を感じさせる

ところが、「いや、巧いんだ。今上流に居た人も入遠野川から移動して来たばっかりで、入遠野川は全然釣れないって言ってたもの」と言う、「そんなこと無いよ、僕の友達も釣ってるし」「だって、その人は入遠野の人だがんね、俺らも午前中は入遠野川まわって来たんだが、皆、釣れないって言ってんだよなあ、やっぱり釣り巧いんだなあ」と、どうしても僕を釣り名人にしたいらしい。この話には決着が着かないので午前中の失態に話を変えると「え!○○まで戻って来たの?」と大きな口を開けた。そして車に残っていたもう一人のおじさんに向って「いやあ、かくかくしかじかで○○まで戻ってまた来たんだってよ、いやあご苦労様だこと」と伝えた。車に乗っていたおじさんも車を降りて来て「いやあ、好きだなあ」とあきれ顔で言う、わざわざ車を降りてきて言うほどの事じゃねえだろうに。 確かにご苦労なことではあるけれどな(笑)。

方まではまだ時間が有るので上流に向かってみた、入渓ポイントには車が停まっている、さっきは無しに出た入遠野の御仁だろうか。 まあこの時期は釣り人も多いので後追いでも仕方がない、それも然程気にならないので釣り支度をして川に入ってみた。 川面に小さなユスリカが群れている、中に数尾のシロハラコカゲロウが混じっていた、シロハラのダンを結びその開きにキャストするのだが反応は無く、流心近くの流れをフライが流れて3度目にパッシっと飛沫を上げてチビヤマメがライズした。フッキングはしなかったがヤマメは居る、居ない訳が無いのだ(笑)とは言え、今しがた釣り人が入ったばかりの小渓でそうそうヤマメが釣れる筈も無い、簡単に釣れるような場所に居る筈も無い。案の定、普段ならフライを流さないような流れの端っこに如何にも細く絞られた急流の落ち込みの肩あたりからヤマメは顔を出した、 その後2度ほどフライに出たものの残念ながらフッキングする事は無かった。

二輪草
カタクリと二輪草の白く可憐な花が今年も僕を迎えてくれる、かすかに春の命を感じさせる

一輪草
これは一輪草の花、このエリアには三輪草も自生している個体数が少ないので見つけるのは難しいかもしれない けれど

午後になって更に風が強くなって来た、午前中も結構風が吹いていたけれど午後の風はやはり一味違うのである。ちなみに1年を通じて一番風が強いのが4月で、気象庁のデータによれば2018年の平均が3.5m/sだそうである。 確かに春先の釣りは風に影響されることが多く、午前中に心地良い釣りが出来ても午後には強風で太刀打ち出来なくなる事も珍しくは無い。 もうそろそろ3時位になるだろう、虫たちも出始まる頃だろうし最初に目指した下流のポイントに入った。 両岸護岸のこの川は格好の風の通り道になっていてキャスティングをしようにも風に煽られたフライがポイントの上を斜めに横切り護岸脇の葦の枯れ茎に刺さるわ、ラインと一緒に足元まで戻って来るわで到底釣りにならないのだった。 この風じゃ虫も出るどころか片っ端から何処かに吹き飛ばされてしまうだろう。 早々とこのポイントに見切りをつけたものの、帰るにはまだ少し時間が早いし午前中に入った入遠野川に戻り、更に上流を釣ってから帰る事にした。 既に山手線の内回りも外回りも関係なくなっていた、そしてこの判断がこの後迎える悲劇を生むことになるのだった。

前中に入ったポイントの更に上流に来た、ここからは初めて入る場所なので状況も良く分からないし川は護岸の遥か下にある。 車を置いて暫く下流に下り、やっと入れそうな場所を見つけると藪を抜けて土手を滑り川に降りた。 さて、釣り始めようとトップガイドからラインを引き出そうとしたのだがそこにTOPガイドが無い、「えっ!?」思わず声が出た。 そこにあるのは2番目のスネークガイドで、トップガイドと一番ガイドの姿が無いのだ。よく見るとフライラインを通してコルクグリップの辺りにトップガイドと一番ガイドを付けたロッドティップがぶら下がっているじゃないか、「★●△■…?!!」自分でも解析不明な言葉が口をついた。 どうやら藪をくぐった時に木の枝に引っかかったロッドを無理やり引っ張った時に折れたらしい、引っ張たらすんなりと抜けて来たので確かに変な気はしたのだが、まさかこんな形になっていようとは。

一輪草
これは一輪草の花、このエリアには三輪草も自生している個体数が少ないので見つけるのは難しいかもしれない けれど

ロッドが折れた
ロッドティップからラインを出そうと思ったらティップが無かった、#2のスネークガイドをトップガイドの代わりにして釣りを続けたのだが・・・

さて、どうしたものか、川から上がっても車まで延々と坂を登らなきゃいけないし、このまま車の場所まで釣り上がって行く事にした。一番スネークガイドの下から折れているので二番ガイド位置までブランクが残っている、二番ガイドをとトップガイド代わりにするため二番ガイドの直ぐ上でブランクを折った。都合20cmほどロッドが短くなってトップの太さも3mmほどはある、#3ロッドが#6ロッド位のトップになった訳だ。

良くバンブーロッドはキャスティングが難しいとかグラスロッドはどうだとか言う人が居るが、そう言う人たちに僕は常々こう言ってきた「キャスティングはキャスティングのための理論で成り立っているのでそれを理解すればどんなロッドでも振ることが出来るしどんな形のループも作れるよ、理屈を知って練習するのとやみくもに練習するのじゃ上達するスピードが違う」と。それが今日、図らずして自ら実践する羽目になってしまったのだった。 ロッドは数回振れば感覚がわかるので長いラインでなければフォルスキャスト自体は問題ないが、ティップが無い分ロッドが曲がらないのでメンディングは極めて難しい。 そして最も難しいのは魚を釣る事だ、ティップが曲がらない分フッキングの力加減が出来ず、フッキングした後の取り込みが難しい、僕のフライのほとんどはバーブレスフックなのでフッキングしても暴れるヤマメの力を吸収出来ずにネットインする前にフックを外されてしまう。結局3匹のヤマメを掛けたけれど3匹ともネットインする前にサヨナラしてしまったのである。

ロッドが折れた
ロッドティップからラインを出そうと思ったらティップが無かった、折れかかっていた心が 完全に折れた。それでも、#2のスネークガイドをトップガイドの代わりにして釣りを続けた・・・

2019年の福島県の解禁は近年に無く最も僕らしい釣りで終わった、竿が折れ、心も折れたその瞬間まで僕は世界一の幸せ者だった。

幸福は夢に過ぎず、苦痛は現実である--ヴォルテール(Voltaire)--